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消える動きの本質

 なに氣に撮られた指導中の己の写真を見てふと思う。そして他の方々の写真を見比べ、その違いがはっきりした。

 多くの道場で指導している方々(おそらく高段者)の写真からは、その存在感があふれている。統一体で凛としている。

 しかし、私にはそれが無い。


 そんな気づきにふとうれしくも有り、いい気になってはいけないと戒めもする。
以下の事が、理解でき、写真からそれが判断できる人がどれほど居るかは疑問だが、

そう、それは己が消えている証だ。


 もう20年ほどになろうか、とあるフリーマーケットの一郭で店を出していたふっくらとした青年が私をチラッと見た後、椅子から立ち上がり私の前を通り過ぎた。
そのとき、私は目を見張り彼の背を目で追った。そこにまったく気配がなかったからだ。
動いているのは見えている。前を横切ったのだから。しかし彼からはなにも感じなかった。肉体だけが通り過ぎたのだ。

 ただ者ではない....。本当にそう思った。

 おそらく、彼は修行僧だろう。頭を丸めていたし、あの動きは彼らのそれである。
武道に於いて、「消える動き」という境地が有る。

 ああなりたいものだ...。その時わたしはそう思った。

皆が彼のようであれば、人ごみも苦痛ではなくなるだろう。
人ごみは、肉体は触れなくても、己がぶつかり合う。わたしが...わたしが.....、と。
それだけで疲れる。


 そう、私はよく忘れられる(笑
レストランでも、いつまで待っても注文したものが来なかったり、待ち合わせしてもすれ違っているのに通過されたりする。一度や二度ではない(非

 まぁ私はそれを楽しんでいるが、だから影が薄い、と言われる人は、元来精神修行向きの人なのだろう...。

 

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タラの芽団地

Author:タラの芽団地
タオイスト
ベジタリアン
合氣道々場主

猫は左が紫苑、右が八雲。

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