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「栄光の架け橋」を渡るな。それは罠である。

 目に見えることにしか意識がいかない人たちにとって、国家が与える賞というのはステイタスなのかもしれません。

でも、当ブログに以前から来られている方々は、気づいているはずです。それが、主人が使用人を手なずけるあめ玉だということを。

 それらは褒めて、おだてて、その気にさせて、人間の感情につけ込んで "yes sir" と従わせるアイテムなのです。
一昔前ならひねくれ者として扱われる内容ですが、今では多くが覚醒し、こんなことも書ける時代になってきました。


 さて、考えてみてください。仮にスポーツで好成績を出したとします。しかしそれはその人が好きでやってきた事です。誰かに強制されてやってきた訳ではないのです。それに対し勝手にスポットを当てて、メディアを使いほぼ強制的に国民に知らせ、まるで「賞を与えなければおかしい」という風潮にまで持って行きます。

 昨今の国民栄誉賞というものにしても、「与えるべきだ」などという者はおそらくほんの僅かでしょう。それをまるで国民の総意のごとくマスコミは伝えました。否定的な意見も有りますが、それらはほとんどメディアでは伝えられません。戦時中と同じです。反戦を口にすると非国民とされる風潮そのままです。

 こうして、人々に対象のスポーツへ興味を持たせ、子供たちを支配者への服従の枠の中に取り込んでいきます。

 簡単に言いましょう。国家の代表選手になるには監督に逆らえない、監督は協会に逆らえない、協会は連盟に逆らえない、というピラミッドの仕組みです。ちなみに支配者の(下僕の)言葉として、日本が世界に誇る名言が有ります。

「たかが選手が....」

 そしてそれら組織のほとんどが、官僚の天下り先である事に関係しています。彼らが執拗にプロパガンダを打ってくるのは、要するに当該組織が潰れては困るのです。そのために「頑張った人が報われる」その「栄光」をメディアを介して刷り込み、賞というエサを与えるのです。そして当該団体に関心が深まれば、自ずとお金が集まるというものです。
 
 このプロパガンダにより、子供たちは洗脳された親によってさらに洗脳が強化されます。栄光を勝ち取った人々を親が褒めるたびに、子供はそうあるべきだと刷り込まれます。

”賢を尚ばざれば、民をして争わざらしむ。得難きの貨を貴ばざれば、民をして盗をなさざらしむ。浴す可きを見ざれば、民の心して乱れざらしらむ” 道徳経 第三章

意味:「賢者に力をもたせることをやめるならば、民の間の競争はなくなるであろう。我々が手に入りにくい品を貴重とする考えをやめるならば、民の間に盗人はいなくなるであろ。民が欲望を刺激する物を見ることがなくなれば、心は平静で乱されないであろう」(老子:小川珠樹著)



 逆に言えば、目に見えることにしか意識がいかない人たちにとっては、そういう栄光に満ちた人だけが賞を受けるに値する対象であると思い込んでいます。

 しかし、眼には見えない世界を感じ取る事が出来る人たちは、その人選が誤っていることに気がついています。
そうです。この世界には我々の見えないところで人のいやがる仕事を率先してやってくれている人たちが居るのです。その人たちは表に出てきません。
もちろんその人たちも好きでやっている事として賞など与える必要はありませんが、その人たちはむしろ要らないというでしょう.......。

 欧米が仕掛けた「栄光(ステータス)の架け橋」を進まないでください。それは罠です。

”是を以て聖人は腹を為して目を為さず。故に彼を去てて此れを取るなり” 道徳経 第十二章

意味:「感覚に訴える外界の事象を捨て、自身の内部の力を取るべき」ということ。(老子:小川珠樹著)


 

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タラの芽団地

Author:タラの芽団地
タオイスト
ベジタリアン
合氣道々場主

猫は左が紫苑、右が八雲。

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