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イベント後にオリンピックなんて存在するのか?

 枯れた木の根で育った羽アリが一斉に飛び立ち竜巻のように蠢いている。そこへここぞとばかりにトンボが補食に集まる。
 
 もうそんな季節か......。と便所の窓から望む秋の気配に耽る管理人であった。

 そんなのどか? な青空の下、テレビでは3次元好きの日本人が東京オリンピック開催決定に沸いている。
カバールの最後の拠り所、日本だけは闇のままにしておきたい。その現れだろうか。
都庁に「スポーツ振興局」というのがあることに驚いた。まったくどこまで爬虫類仕立てなのだろうか......。

 当ブログの常連さんはおそらく爬虫類脳ではないので、足が他人より0.1秒速いからと言って「それがなに?」と考えることができる人たちだと思う。私としては、魂に繋がれる人の方が余程尊敬に値する。


 爬虫類脳は二元性で考える脳だ。他より早く成長しないと日陰になり枯れてしまう。だから誰よりも己は優れていないといけないという植物的思考である。

 植物と同じでいいのか? 
 魂のない彼らと同じでいいのか? 

 実は植物にも意思は有るが、魂は入っていない。精子と同じである。精子は他の精子よりいち早く卵子に着かなければ受精できないため競争している。そのように彼らは意思を持ち動いてはいるが、魂は入っていない。地球では、魂は精子と卵子が結合して初めて物理的なを肉体を纏う。魂は受精する瞬間まで営む男女の周囲で待機している(悲報:親のSEXは子に観られていた(笑)。
 とある賢者によれば、オギャーと泣く(*この世の空気を取り入れる)まで人ではなく、単なる肉の固まり(腫瘍と同じ)だという。これが堕胎を容認する根拠でもあり、逆に支配に執着する闇がそれを禁じるのも筋が通る。闇は常に真理に逆行するからである *呼吸こそがカルマでありこの世の理と云う概念

 話しを戻すと、私たちはすでに精子ではなく、魂を持った人間である。
隣の者に陽が当たらなければ自らが下がれば良い。「上善は水の如し(道徳経:第8章)」とは良く言ったものである。


 タオでは

上徳は無為にして、而して以て為すとする無し(道徳経:第38章)

 とする(もちろんこの経には前後があり、その一文である)。
これは『の十分な者はことさらしわざをしない。「無為」の立場を守って、何かをしたという跡を残さない。』と云う意味である。

 つまり、競争原理である二元性の象徴「オリンピック」は思考が正反対の催しなのである。
そしてこのタオの思想は、宇宙意識が伝えるメッセージと同じである。私たちはそろそろ競争原理から抜け出さなくてはならない。その切っ掛けが、コブラの云うイベントであろう。

 そのイベントが2020年まで起こらないはずがない。現時点でも米国でさえ多くが覚醒し、国民が軍事介入に堂々と異議を唱え始めた
 
 さて、ではイベントが起きたならば、その後にオリンピックが有るとは思えない。
 従って、2020年の東京オリンピックは開催されないだろう。

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タラの芽団地

Author:タラの芽団地
タオイスト
ベジタリアン
合氣道々場主

猫は左が紫苑、右が八雲。

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